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今、重めの動画のエンコード中で、自分は一旦待ちになってしまいました。久しぶりにスマホでブログを開きました。

この仕事の効率はパソコンのスペックにかなり依存することになるし、何より今みたいにエンコード中に何もできないみたいなのが作業量的に厳しくなったので、決心して一昨日MacBook Proを注文しました。けど上海がロックダウンしてる影響とかで生産が止まっているらしく、出荷予定は5〜6週間後。SNSによると、2月から待っていてどんどん出荷予定が延期されてまだ手に入ってないような人もいて、これはまずいタイミングに買ってしまったと思い、メルカリで同じスペックのものを物色していました。どちらにせよ分割で買うんですが、Appleだと24ヶ月手数料0️⃣なのに対し、メルカリだと相場の金利がかかります。少し考えてみますが、メルカリで買うことになりそう。


さっきゴミを出しに外にでました。おれの家は住宅街の中にあるんですが、全ての家が道路との境界線をまっすぐつくって、向かいの家との各々のの境界線が完全に平行である様が最近やけに気になる。

少し前に、友達とまちを散歩していたときに話したことを書きます。というのも、その話はおれが共感してもらおうと思って話したのに、全く共感を得られなかった話で、ということはその感覚はとりあえずその時点ではそこにしかなかった、つまりおれがその感覚をどこかに残しておかないと、もしかしたらこの世から消えてしまう感覚であるかも知れないからです。話の内容はこんな感じです。

おれは知らないまちを歩くのが結構好きなんですが、日本の中、少なくとも関東だったらまちってほとんど同じような光景です。標識や信号が統一されてるのは勿論ですが、コンクリートの色は3種類くらいだし、雑居ビルのポストの形とか大体あれだし、大雑把に見ても細かく見てもある程度フォーマットが決まっています。それは文化圏といっても経済圏といってもよいのですが、とにかく知らない土地でも見たことあるというようなことは、デジャヴとかとは別に、あると思います。さらに通りすがる人の顔も、大体知らない人間の顔なんて8種類くらいにしか見えないので、なんだか見たことがある人が歩いているように見える。初めての土地なのに知ってる、という違和感がおれは結構好きで、さらにいうと、その土地に何回か訪れることによってその感覚が消えていくのも変で面白い。とにかくこの一連がキモくて好きなんです。

それで、この感覚って海外の人も思ったりするのかな?つまり、日本が異常にまちの雰囲気がフォーマット化されすぎているのであって、他の国だともっとまちは個性を持っていて、このキモい感覚がないのかな?と友達に聞いたら、まずその前提の時点であんまり感じたことないかもと言われてしまった。でもおれはその話をしたことで、その感覚がうつるような気がしていました。というかうつってほしかった。